訪日インバウンド市場が拡大を続ける中、地方自治体や観光事業者の間で「DMC」や「ランドオペレーター」という言葉を耳にする機会が増えています。
2025年の訪日客数は4,100万人を超え、消費総額は9.5兆円に達しました。この成長に伴い、外国人旅行者を受け入れる「現地側」の体制整備がこれまで以上に重要になっています。
しかし、「最近よく聞くDMCとはなにか?」「DMCとランドオペレーターは何が違うのか」「自分たちの地域にはどちらが必要なのか」という疑問を持つ方は少なくありません。実際、この2つは業界内でも混同されがちで、名乗り方と実態が一致していないケースも多々あります。
本記事では、インバウンド事業に携わる自治体や事業者の皆さまに向けて、DMCとランドオペレーターそれぞれの役割や違い、日本特有の「日本版DMC」の位置づけ、そしてインバウンド戦略における活用のポイントまでを詳しく解説します。
1. そもそもランドオペレーターとは何か
1-1. ランドオペレーターは「手配の専門家」
ランドオペレーター(Ground Operator)とは、旅行会社からの依頼を受けて、旅行先でのホテル・レストラン・バス・ガイドなど地上手配(ランドアレンジメント)を行う事業者のことです。「ツアーオペレーター」と呼ばれることもあります。
ポイントは、ランドオペレーターの顧客はあくまで旅行会社であり、旅行者本人ではないということ。旅行会社が作成した旅程に基づき、現地での手配を正確に実行するのが基本的な役割です。
収益モデルとしては、手配に対するマークアップ(上乗せ料金)やサプライヤーからのコミッション(手数料)が中心となります。
1-2. 2018年に法制度が整備された背景
かつて日本では、ランドオペレーターは旅行業法の規制対象外でした。転機となったのが2016年の軽井沢スキーバス事故です。この事故を受けた調査で、ランドオペレーターが法定下限運賃を下回る価格でバスを手配していた実態が明らかになりました。
これを受けて2017年に旅行業法が改正され、2018年1月から「旅行サービス手配業」という新たな登録カテゴリーが創設。すべてのランドオペレーターに都道府県知事への登録が義務付けられました。無登録での営業には「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」という罰則も設けられています。
2. DMC(Destination Management Company)とは何か
2-1. DMCは「目的地のプロデューサー」
DMCとは、Destination Management Companyの略で、特定の目的地に関する専門知識やネットワークを活かして、コンテンツの企画・提案・実行までを一貫して担う企業です。
世界のDMC業界を代表する団体ADMEI(Association of Destination Management Executives International)は、DMCを「目的地に所在し、イベント管理、ツアー・アクティビティ、交通、エンターテインメント、プログラムロジスティクスにおいて創造的なローカル体験を提供する戦略的パートナー」と定義しています。
ランドオペレーターが「旅行会社の設計図を正確に形にする職人」だとすれば、DMCは「設計図そのものを描き、提案し、実行するプロデューサー」。この役割の違いが両者を分ける最大のポイントです。
2-2. 日本全国を対象とするDMCと地域限定のDMC
一口にDMCと言っても、そのカバー範囲は企業によって大きく異なります。
日本全国を対象とするDMCは、全国各地にネットワークを持ち、クライアントの要望に応じて北海道から沖縄まで幅広い目的地のプログラムを企画・手配できることが強みです。海外の旅行会社やエージェントにとっては、日本全体の旅程を一社に相談できるため、窓口が一本化されるメリットがあります。複数の地域をまたぐ周遊型のツアーや、まだ訪問先が決まっていない段階での相談にも対応しやすいのが特徴です。
一方、特定の地域に根ざしたDMCは、その地域の歴史・文化・人脈を深く理解しており、大手では実現しにくい独自の体験コンテンツを造成できる点に強みがあります。地元のキーパーソンとの関係性や、通常は公開されていない場所・体験へのアクセスなど、地域に根ざしているからこそ提供できる価値があります。
実際のインバウンド事業では、全国対応のDMCが旅程全体を設計しつつ、特定地域では地域密着型のDMCやランドオペレーターと連携するといった分業体制も多く見られます。
3. DMCとランドオペレーターの決定的な違い
DMCとランドオペレーターは実務上混同されがちですが、その本質には明確な違いがあります。
3-1. 2つの決定的な違い
①業務姿勢の違い:実行特化型 vs 企画提案型
ランドオペレーターは旅行会社が設計したプランを確実に現地で実現することに強みを持ちます。現地の宿泊施設やサプライヤーとの関係構築、手配の正確さやスピードが求められる、いわば「実行のプロフェッショナル」です。対してDMCは、クライアントの目的を理解した上で「何をすべきか」を自ら企画・提案するところから関わります。
②サービス範囲の違い
ランドオペレーターは宿泊・交通・ガイド・レストランといった現地手配に特化しており、その分野においては深い専門性と効率的なオペレーション力を発揮します。一方、DMCはそれらの手配に加えてターゲットやコンセプトの企画、コンテンツの造成、現地受入体制整備、海外ゲストやエージェントへの販売、旅行者のサポートまでを包括的にカバーします。
3-2. 比較表で見るDMCとランドオペレーターの違い
| 比較項目 | ランドオペレーター | DMC |
|---|---|---|
| 本質的な役割 | 手配の実行者(Arranger) | プロデューサー(Manager/Producer) |
| 業務姿勢 | 実行特化型 | 企画提案型 |
| 企画機能 | 手配に特化 | コンセプト設計から実行まで |
| 対応範囲 | 特定地域の手配が中心 | 全国対応型と地域密着型が存在 |
| リスク管理 | 手配範囲に限定 | 包括的な危機管理・保険体制 |
3-3. 実務では境界はグラデーションになっている
注意しておきたいのは、実務においてはDMCとランドオペレーターの境界は必ずしも明確ではないということです。
多くの伝統的なランドオペレーターが企画提案機能を強化し、事実上DMCとして機能しているケースがある一方で、DMCを名乗っていても実態は手配業務が中心という企業も存在します。
日本のインバウンド市場でも、DMCを標榜しつつFIT・団体の地上手配からMICE、スポーツツーリズムまで幅広くカバーする企業もあれば、インセンティブツアーと企業ミーティングに特化する専門DMCもあるなど、各社のポジショニングは多様です。
名称だけでなく「その事業者が実際に何を提供しているか」という機能面で判断することが重要です。
4. 日本独自の「日本版DMC」とDMOの関係
4-1. 国際的なDMCとは異なる「日本版DMC」
日本のインバウンド業界で「DMC」と言った場合、国際的なDMCとは異なる意味合いを持つことがあります。
観光庁が推進する「日本版DMC」は、地方創生・地域活性化の文脈から生まれた概念で、「地域の資源を活用して観光商品を企画・造成・販売する地域特化型の旅行会社」を指します。グローバルなDMCとは成り立ちが異なる点に留意が必要です。
日本版DMCの特徴をまとめると、以下のようになります。
- 営利企業として旅行業登録を保有する
- 特定地域に根ざし、地域資源を活用した着地型旅行商品を開発する
- 地域への経済波及効果(雇用創出・消費拡大)を重視する
具体例としては、DMC天童温泉(山形県)、かまいしDMC(岩手県)、せとうちDMC(瀬戸内エリア)などが挙げられます。JTBも全国47都道府県の支店をDMCと位置づける「47DMC戦略」を展開しています。
4-2. DMOとDMCの役割分担
DMOとDMCの関係は日本特有の論点として押さえておく必要があります。
観光庁に登録されたDMO(観光地域づくり法人)は2025年6月時点で322法人に達していますが、これらは「マーケティング戦略・地域ブランディング・関係者間調整」を担う”司令塔”的な存在です。原則として旅行業登録を持たず、旅行商品の企画・販売は行いません。
これに対してDMCは、「稼ぐ力」を持つ実行部隊として商品造成・販売・実施を担います。理想的にはDMOが戦略を立て、DMCがその戦略に基づいて実際の旅行商品を作り、売るという分業体制です。
ただし、観光庁も「着地型旅行商品の販売やランドオペレーター機能を担う主体が地域にいない場合、DMO自らがその役割を果たす必要がある」としており、両者の機能が重複するケースも増えています。地方部ではDMCの担い手が不足している地域も多く、DMOが実質的にDMC機能を兼ねているのが実情です。
5. 日本のインバウンド市場におけるDMC・ランドオペレーターの現状と課題
5-1. 法的枠組みの整理
日本の旅行業法は、旅行関連事業を以下の6つに分類しています。
- 第一種旅行業
- 第二種旅行業
- 第三種旅行業
- 地域限定旅行業
- 旅行業者代理業
- 旅行サービス手配業(2018年新設)
ランドオペレーターは「旅行サービス手配業」に該当します。一方、DMCとして企画旅行を催行する場合は旅行業登録が必要であり、手配業登録だけでは不足します。この法的要件の違いは、実務上の両者を分ける重要な基準のひとつです。
5-2. インバウンドDMCの圧倒的な不足
訪日インバウンド市場における課題のひとつが、高品質なDMCの不足です。
日本で富裕層や高付加価値な旅行者に対応できるDMCは約20社にとどまるとされています。COVID-19ではインバウンド系のランドオペレーター・DMCが2年連続で売上80%減という壊滅的な打撃を受け、多くが廃業に追い込まれました。
一方、東京に拠点を置くEssential Japan Travel(2020年設立)のように、スタッフ7名で年間1,500人以上のヨーロッパFIT旅行者を扱い、売上5億円・粗利1.4億円を達成している企業もあります。外国語対応力と国際マーケティング力を備えた少数精鋭のDMCが高い成果を上げている事例です。
しかし業界全体として見れば、外国語でのコミュニケーション能力と国際市場でのマーケティング力を兼ね備えたDMCの育成は、インバウンド拡大に向けた喫緊の課題と言えます。
5-3. 業界は「手配」から「企画提案」へシフトしている
業界全体のトレンドとして、単純な手配業務に留まらない高付加価値化が進んでいます。
OTA(オンライン旅行代理店)の台頭やテクノロジーの進展により、ホテルや交通機関の予約といった定型的な手配は自動化が進んでいます。その結果、現地でしか持ち得ないサプライヤーとの関係性、トラブル発生時の臨機応変な対応力、そして企画力・提案力といった「人にしか提供できない価値」がますます重要になっています。
優れたランドオペレーターがDMC的な企画提案機能を身につけていく動きは世界的な潮流であり、日本のインバウンド市場も同様の方向に進んでいます。
6. 事業者・自治体が押さえておくべき実務上のポイント
6-1. パートナー選びの判断基準
インバウンド事業を進める上で、ランドオペレーターやDMCとの連携は欠かせません。パートナーを選ぶ際の判断基準として、以下の点を確認するとよいでしょう。
「手配だけ」が必要なのか、「企画から」必要なのか
すでに旅行商品やプログラムの中身が固まっていて、現地手配を確実に実行してくれるパートナーを探しているのであれば、手配力に強みを持つランドオペレーターが最適です。一方、「そもそも何を作ればいいのかわからない」「ターゲット市場に刺さるコンテンツを一緒に考えてほしい」という段階であれば、DMCの企画提案力が必要になります。
狙いたいターゲットとの親和性があるか
欧米豪の高付加価値旅行者を狙うのか、アジアからのリピーターを狙うのか。ターゲットによって、求められる言語力、文化理解、販路へのアクセス、提案の切り口はまったく異なります。自分たちが誘客したい層と、そのDMCやランドオペレーターが実際に取り扱ってきた旅行者層が合っているかどうかは、パートナー選びで最も重視すべきポイントのひとつです。過去の実績やクライアントの国籍構成を確認するのが効果的です。
6-2. 地域に足りないのはDMOか、DMCか
地方誘客を進める上で、自分たちの地域に足りないのがDMO(戦略の司令塔)なのか、DMC(稼ぐ実行部隊)なのかを見極めることも重要です。
観光戦略やブランディングの方向性が定まっていないのであれば、まずDMOの機能強化が優先です。方向性はあるのに旅行商品の造成・販売を担う事業者がいないのであれば、DMCの誘致や育成が課題となります。
政府が進める「地方誘客」の達成には、DMOとDMCの両輪がそろうことが理想ですが、地方部ではどちらの担い手も不足しているのが現実です。補助金を活用しながら段階的に体制を整えていくことが現実的なアプローチになるでしょう。
7. まとめ
DMCとランドオペレーターの違いは、一言で言えば「手配の確実な実行に強みを持つか」「企画から実行まで一貫してプロデュースするか」という役割の違いです。
ランドオペレーターは旅行会社の設計に基づき、現地手配を正確かつ効率的に実行する「手配のプロ」。DMCは目的地の専門知識を武器にプログラムの企画から実行までを担う「プロデューサー」。どちらが優れているということではなく、求められる機能が異なります。そして日本には「日本版DMC」という地方創生の文脈で生まれた独自概念も存在します。
また、DMCには日本全国を対象とする企業もあれば、特定地域に深く根ざした企業もあります。インバウンド戦略を考える際には、自分たちの地域や事業に必要なのがどのタイプのパートナーなのかを見極めることが大切です。
訪日インバウンド市場が拡大を続ける中、単なる手配ではなく企画力と国際対応力を備えた事業者の存在は、地域にとってますます重要になっています。特に消費単価の高い欧米豪の富裕層を誘客したい地域では、その地域の魅力を深く理解し、海外の旅行会社やエージェントに対して効果的な提案ができるDMCの存在が競争優位の源泉となるでしょう。
自治体や事業者の皆さまは、まずは自分たちの地域に何が必要なのか(確実な手配力なのか、企画提案力なのか、あるいはその両方なのか)を明確にした上で、適切なパートナーを見つけることが、インバウンド戦略成功への第一歩です。
販路を開拓するために補助金を活用するのもひとつの手です。インバウンドコンテンツの造成やプロモーション・販路開拓に活用できる補助金を以下にまとめていますので、ぜひご活用ください。
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